最近流行りの銀行不要論って意味わからん

日々考えていること

いろんなところで盛り上がっている銀行不要論。

特に みずほ がシステムトラブルを起こすたびに槍玉に上げられて、

古い体質の銀行なんか必要無い論が出てくる。


銀行窓口のお姉さんはAIに置き換わる仕事しかしてない。

通帳みたいな紙は資源の無駄。

ATMは高い引き出し手数料を取ってきてがめつい。

利子なんてスズメの涙もつかないから、預けているだけ無駄。

小銭を両替するのに手数料を取るようになってひどい。

送金手数料が高すぎる。

いまだにメールが使えない。FAXか紙でのやり取り。

銀行は無駄の総本山。

社内の出世争いばかりに明け暮れて、

やっていることは古臭く面白くもない書類仕事ばかり。

存在する価値も必要もない。


散々な言われようで、

銀行で働いている人は保守的で、古いとまで言われて、

肩身の狭く、居心地悪い思いをしている銀行員は多いのではないか。


みんな忘れている。

通帳を発行してもらったり、

両替してもらったり、

お金をしまっておいたり、

決済の手段として使うのは、

銀行の一番本質的な仕事ではない。


銀行の仕事は、金を貸すこと、である。

大抵の人は、銀行に本当の意味でお世話になることは人生に数えるほどしかない。

だから、その有難さを忘れてしまっている。

自動車ローンや住宅ローン、

大きな買い物をするとき、買い物ができるのは、

銀行のおかげ。

もし銀行がお金を貸してくれなければ、

自動車を明日買うことなんてできない。

自動車は5年せっせと貯金した先にやっと買えるものになる。

お金を貯めている5年間は自動車に乗れない。


銀行がお金を貸してくれなければ、

家を買うことなんてできない。

家は30年せっせと貯金した先にやっと買えるものになる。

お金を貯めている30年は持ち家を楽しむことはできない。

30年後、新築の家ができたとして、

健やかに楽しめる時間がどれだけ残っているだろう?


銀行はお金を貸すことによって、僕らに時間を売ってくれている。

世の中の資金調達手段は多様化しつつある。

株式による調達は以前よりも敷居が下がって一般的になっている。

ベンチャーキャピタルなど、できたばかりの小さな会社でも有望であれば、

出資を受けられる社会が生まれてきている。

クラウドファンディングみたいに寄付による調達方法も、存在感を出してきている。

だけど、借りる資金調達は決して不要にはならないはずだ。

それは所有権を失うことなく、

面倒なスキームを組むことなく、

時間をローコストで買うことのできる最良の資金調達手段になりうるし、

そうであり続ける。

僕らの会社は銀行のおかげで倍々成長してくることができた。

銀行がいなければ、会社の稼いだお金の中からでしか次への投資はできず、

その成長スピードはずっと遅かった。

スタートアップやベンチャー企業が格好良いともてはやされ、スポットライトが当たっているけれど、株式による資金調達は身売りに等しい。

華やかなスタートアップの社長は、気づいたらただの雇われサラリーマンになっている可能性も十分にある株式市場。

株での資金調達では社長が連帯保証人になる必要がないから、失敗をしやすい。

万一、失敗しても全てを失うことがなくて安心。

だからリスキーな事業に向いている。

それは間違いない。

しかし、逆に手堅いビジネスならば、大切な株を売って金をもらう必要はない。

借金は連帯保証人にならねばならぬから恐ろしい。

普通、人はそう思う。

でも、ゼロから本気で会社を興し、一旗揚げてやろうとしている人は、

人生全てを賭けてやっているわけで、

そんな人にとって、

調達した資金に対して保証人になるか、ならないかなど、

些細な問題である。

当然、なる。金を貸してもらえるならば。

会社は成長する、自分がさせられると信じて疑っていないのだから。

会社が失敗するときは、自分の人生も失敗するときだ。

その覚悟を持っている。

か、最悪の事態に対応できる金額レベルに調達額を抑えている。

どうせ資金調達するなら、持分の薄まる株式より、

保証人や担保を取られる借金の方がずっといい。

そういう選択肢は全然あり得るし、

僕らはそう選択肢をしてきた。

銀行が不要なんて、ありえない。

銀行にはこれからもバリバリ元気で、

当社の成長を支援してほしい。

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