僕は乗り物が好きだ。 常に何かをしていないと落ち着かない僕は、たとえぼーっとしていても、寝ていても、少なくとも乗っている間は「ある場所からある場所まで移動する」という行為をすることのできる乗り物の中が一番落ち着く。その中でこそ、僕は何もしなくていいという権利を自分に与えることができる。 ぼーっと景色を見て、たまに本を眺め、すこしウトウトする。 乗り物を最大限楽しむため、僕は深夜に長距離移動はしない。 昼に出発することになるため、どうしても到着は夜になってしまう。 そうすると、いつもその日の宿に困ることになる。 しかし、そんな懸念は、乗り物を楽しみたいという欲望にいつもすぐかき消されてしまう。 九江に着いたのも深夜だった。 すぐに宿をとらなければ危険だし、かといってこれといったあてもない。 ターミナルでどうすればいいか途方に暮れていたら、宿の客引きのおじさんに声をかけられた。 言葉も何もわからないが、なんとなく優しそうな雰囲気をかもし出しているのでついて行くことにした。 つれていかれたのは真っ暗な路地裏のボロマンションの二階だった。 そこには、おじさんの奥さんらしいおばさんと息子かと思われるお兄さんがいた。 入り口に入ったすぐのスペースが一応ロビーのようなものらしく机が一つ置かれていた。ロビーには客の泊まる部屋へのドアが3つあり、そのほかに台所が奥でつながっていた。共同のトイレ、シャワーは台所とロビーの間にあった。僕が案内されたのはドアの中ではなく、ロビーの隅っこにそのまんま置かれた二つあるベッドのうちの一つだった。 言葉が伝わらないのにはもう慣れていたので、ジェスチャーと漢字で必死にコミュニケーションをとる。いくらですか。 20元だという。日本円でおよそ300円だ。とりあえず夜は越せるので、ここに一晩泊まることにした。 しかし、一晩だけのはずが、そこの夫婦がとても親切で、僕はその宿に何泊もすることになった。彼らは、僕が意思を伝えようとするのを根気よく理解しようとしてくれた。僕は少しでも多く話せるようになりたくて必死で中国語を覚えた。そのおかげで自分の要求を伝えられるくらいにはなった。おばさんの笑い方がどことなく祖母に似ていて中国に来て初めて親近感を覚えることができたのが、長居することになった潜在的な理由かもしれない。 おばさんは銀行の両替を手伝ってくれたり、世界遺産への手配をしてくれたり、ご飯を用意してくれたり、とても良くしてくれた。おじさんは僕が遅く帰ってくる日があると、よく帰ってこれたな心配したぞ、と手を叩いて迎えてくれた。 その土地の人と親しくなりすぎると、そこを発つのがつらくなってしまう。 ここを一度離れれば、もう二度と彼らに会うことはないだろう。この場所にずっと留まっていたいという思いがあったが、九江にはもう見るものも何もなくなってしまった。 次のところへ行こう。 後ろ髪を引かれる思いだったが、僕はその夫婦に別れをつげた。 僕は、また一人になった。 |
確か、外国人は外国人用の宿にしか泊まってはいけない。
そんな法律が中国にはあったと思う。
でも、誰もそんなルールを守っていなかった。
誰かに迷惑をかけなければ、法律違反ではない。
そんな感覚が、中国にはあるように思う。
特に僕は日本人なので、中国人の中には何となく紛れ込めてしまう。
それも僕が中国が好きな理由だ。
全く違う文化なのに、その中に溶け込める。
欧米やアフリカなど、違う大陸では、こうはいかない。
その不自由さを、中国を出た後はひたすら味わうことになった。
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