地道に一歩一歩足を前に進めていたら、頂上に着いた。 ここで一泊しよう。 泰山山頂から眺める御来光がここまで登ってきた目的なのだ。 頂上はさすがに寒い。滝は凍っていたし雪も残っている。 僕はジャケットのジッパーを上まで締め、フードをかぶった 。 宿をとり、荷物を置いて、山頂付近を白い息を吐きながら歩いた。 ここには天街という登山者たちのための小さな宿場町がある。ここに一泊して、登山者たちは明日の御来光に備える。 しかし今は参拝シーズンではないらしく、人も少なくて閑散としていた。 夏になれば道を埋め尽くすほどの信者であふれるこの町は、静かに寒さが通り過ぎるのを待っていた。 夕方になると、客引きが現れる。わずかに残った登山者を、少しでも多く自分の宿に収めるため彼らも必死だ。 みなが僕を連れていこうとする。宿はもうとってあるので断らなければならないのだが、中国語でなかなかそのことをうまく説明できない。 そこで僕は宿の部屋のカギを見せるという技を会得した。 そうすると、客引きはすこしはにかんだ笑顔で、わかったというように去ってゆく。 共北石の側に腰掛けてぼーっとする。 眼下には花崗岩のごつごつとした山が広がっている。 僕以外には誰もいなかった。 しばらくすると向こうから女の子がやってきた。さっきの客引きの女の子だ。 山頂に住む人がそろってみな着ている大きな深緑色のガウンに彼女も身を包んでいた。 カギをちゃらりと見せて笑いかけると、彼女も笑いながら近づいてきた。 [明日は日の出が見れるかな] [きっと見れるよ] そんな会話を交わして別れた。 彼女の鼻からは極太の鼻毛がとびでていた。それが印象に残っている。 きっとずっと寒い風に吹かれてきたのだろう。彼女の顔はほおが赤く、少し厚みがあった。どこかモンゴル民族を思い出させるような女の子だった。 なんとなく彼女の宿に行ってみることにした。 さっきの鼻毛も気になる。 お茶の一杯でももらっていこう。 泰山でも最も高い外れにあるその宿には、主人と思われるおじさんと、4人の女の子がいた。客は僕だけだった。 さっきの女の子に年を聞くと28歳だという。10代に見えるような幼い顔だ。 しかし、鼻毛のことを思えば納得が行く。十年かそこらの醸成ではあの鼻毛はつくれない。 [若く見えますね]と言ったら [ありがとう]と笑って応えた。 若いといわれるのが褒め言葉になるは中国でも同じようだ。 彼女たちが親切にしてくれるので、僕はそこで夕食をいただいていくことにした。 それからは、彼女たちといろんな話で盛り上がった。 主人の娘の大去は生まれた時から19年間ここに住んでいるのだそうだ。 英語で話すことができてとても興奮しています、と彼女は上気して嬉しそうに言った。 一番可愛い秀美は、泰山の下の町泰安から働きに来たのだそうだ。 もう一人の子珍子は、人見知りなのか僕達の会話を少し離れて聞いていた。 はじめに出会った女の子はこの宿の女中らしく、仕事があって会話をあまりすることができなくて、名前を聞きそびれてしまった。 モンゴル系なのでモン子と名付けよう。 彼女たちとの会話が楽しすぎて、僕は重大なことに気付かずに夜を迎えてしまった。 山頂には電灯もなにも、道を照らすものがない。 外は、真っ暗闇だ。 帰ることができない。 途方に暮れていたら、彼女たちが宿まで送ってくれるという。 彼女たちは仕事がまだ残っているらしく、主人に外に出るなと止められた。 しかし、口論してまで僕を送るために外に出てきてくれた。 彼女たちとワイワイ騒ぎながら暗い夜道を宿に向かって降りていくのはとても楽しかった。 人見知りの珍子も後ろからついてきてくれた。 [明日また会って一緒に写真撮っても良い?] 彼女たちがそう言うので約束した。 [明日また宿にいくね] 彼女たちは、自分たちの仕事のため、僕の宿をみつけてくれるとすぐに帰っていった。 僕は登山のせいでとても疲れていたので、宿の汗臭い布団にもぐると、すぐに寝てしまった。 |
山の民との出会い。
結局、泰山で日の出は見れなかったけど、
この時の楽しい時間は良い思い出。


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