2007年5月1日 インド  バラナシ  資本主義のゴミ処理場

世界一周ブログ
インドは、すべてがありのままの姿でそこにあるようだ。
日本では覆いがかけられ、知らないふりをしていればそれでやり過ごすことのできた数々の極端な物事が、インドでは露骨に僕を悩ませる。
すべてきれいごとで済む日本が恋しくなる。
なにも見たくもないことを、わざわざつらい思いをして見ることはない。
覆いをかけてしまえばいいのだ。
そんなもの見なくたって平和に生きていくことができる世界が、他にはある。
幸福で美しいきれいごとの世界が。
ここは、そうした世界のしわが寄せ集まった、ゴミ処理場だ。


ガンジス河のほとりのこの町は、ヒンドゥー教の聖地としてあまりにも有名である。
河のほとりにはガートが隙間なく並び、沐浴をする敬虔な信者たちで毎日にぎわっている。
というイメージだが、実際は熱心に沐浴する人よりも、河ではしゃいで泳いでいる子供たちのほうが圧倒的に多い。

この町を10歩進めば、インド人が声をかけてくる。
(僕は、彼らを総じて呼ぶ呼称を「インド人」以外には知らないし、ひょっとすると他の町ではまた人間性が違うのかもしれないが、彼らが「インド人」というイメージを旅行者に対して強烈に印象づけていることは間違いないと思われるので、あえて「インド人」と呼ばせてもらう。)
「こんにちは。どこからきた? ジャパーニー? 両替する?
チョコ買う? ボート乗る? 火葬場行く? ちょっとちょっと見るだけ。そこ私の店ねー。」
インド人を人間として扱っていたら一日何もすることができなくなってしまう。まぁ、僕には特にこれといってするべきことなんてないのだが、それでも僕は忙しそうにして、彼らをそこらのゴミか害虫かのように払いのける。
歌舞伎町を歩く女の子にどこか似ている。
もっとも歌舞伎町を歩く女の子は、寄ってくる害虫ををどこかしら求めているところがあるからまだいいが。
インド人は、ほんとに僕にとってはうるさい害虫だ。
だからといって、1歩も歩かずにガートの隅に腰掛けて休むことはできない。
害虫のほうから10歩近寄ってきて、僕にたかってくるのだ。


インド人を害虫呼ばわりするのは度が過ぎている感があるが、そうせずにはいられないというような感情が僕の中に少なからずあった。
僕の心理状態を理解してもらうためにあらかじめ述べさせてほしい。
僕は、インド到着早々、インド人に400ドルをだまされて失っていた。
そのいきさつについてはあえて述べまい、僕の過剰な驕りと、無根拠な自信が招いた結果だ。いい経験になった。そう納得させようとしてはいるのだが、その出来事は僕の心に大きな傷をつけていた。


インド人その1。リクシャーワーラー
バラナシに着いて、まずは目当てのホテルに向かおうとリクシャーの親父に行き先を示す。
しかし、親切そうな親父が連れて行くのは自分の息のかかったホテルばかりで、いっこうに僕の宿に向かわない。
「そこに連れてけって言ってんだろ!!なんで連れてかねぇんだ!!
言うとおりにしやがれ!!」


インド人その2。火葬場の人
たまたま火葬場の近くに来た。もっとも話は聞いていたので興味はあったが。
すぐにインド人が寄ってくる。
「火葬場写真だめ。僕はガイドじゃないよ。そこのホスピスで働いてる。お金いらない。火葬場みてもダイジョブ。一緒に行こう」
僕の向かっている方角と同じなので、断る理由もなく歩き続ける。
火葬場に着くといつの間にか人が交替していて、おじいさんになっている。なにやら死体の焼き方について説明しているようだ。
すぐそこでは、死体が薪の上で火をつけられていた。
そしていくらもせずになにやら金の請求に話が移った。
「それじゃぁ、お前は何キロの木を寄付するのだ?」
「は?」
「ひとつの死体を燃やすのに何百キロもの木が必要だ。
木は1キロ160ルピーする。みなが寄付している。
それで、お前は何キロの木を寄付するのだ?」
「、、、、、0キロだよ。今はまだわからない。今寄付する気にはなれない。」
「何を言ってる。みな何キロも何十キロも寄付するのだ。さぁ、お前は何キロ寄付するのだ?1キロか?2キロか?何キロ寄付するのだ?」
「0キロって言ってんだろ!!
わけわかんねぇこと言いやがって。なんだかしらねぇが木が足りねぇんなら、燃やさずに河に沈めればいいじゃねぇか!!俺の知ったことか!!金金うるせぇんだよ!!」


インド人その3。マッサージ師
マッサージ師らしきインド人が声をかけてきた。
姿は普通の人と変わらないので一見それとはわからないが、なにやら10ルピーで頭、首、肩をマッサージしてくれるらしい。
「で、10ルピーで何分マッサージしてくれるんだ?」
「気にするな。お前が気持ちよくなるまでやってやるよ。」
「そうはいっても、何分マッサージしてくれんだい?」
「気にするなよ。お前が気持ちよくなるまでだ。」
そうか。それなら、まぁ気持ちよくしてもらおう。
マッサージ師は、頭、首、肩を軽く流し、体、腕、足、全身と念入りに揉み解してくれた。
手垢のべっとりついた手で。
それなりに気持ちよくて、満足したのでそろそろ終わりにしてもいいよと言った。
「お金は君の気持ちで払ってくれればいい。
外国人は何百ルピーかいつも払ってくれる。インド人でも100ルピーくらいだ。
君の気持ちで払ってくれ。でもだいたいみんな何百ルピーかだな。」
「は?さっき10ルピーって言ってたじゃない。」
「それは、頭、首、肩だ。」
「知ったことか、だったらちゃんと説明しろよ!!お前が勝手にやったんだろうが。」
30ルピーをぶしつけに渡し、僕は立ち去ろうとする。
「もう、50ルピーくれ。もう50ルピーだ。」
「それ以上は絶対に払わねぇ!!」


インド人その4。河の青年
バラナシに来たのだから、ガンジス河で沐浴しないわけにはいかない。
ステーキを注文して、周りの野菜しか食べないようなものだ。
ガートのほとりで服を脱ぎ、河に飛び込んだ。
見た目は緑色で汚らしいが、中に入ると気持ちよく、このクソ暑いインドの中で、そこは天国だった。
しかし、2分とたたずに僕は河からでなくてはならなくなった。
ふとガートを見ると、僕の服はあさられて、青年が財布から金を抜き出そうとしていた。
もう怒る気にもなれない。


インド人その5。僧侶
朝早起きをして、ガートで河を眺める。まだ気温もそれほど高くなく、とてもいい気分だ。
少し離れたところから声をかけられる。
河のほとりに茣蓙を敷いて、人々に説経を説いている僧侶だ。
なんとなく気分がよくて無視するのも居心地が悪く、言われるままに茣蓙の中に入る。
僧侶は、僕の額に赤いものをつけてくれ(インド人の額によくついているあれだ)、包みを渡して河に流すように僕に勧めた。その中にはココナッツや花などが入っているらしい。いくらか?と聞くといいから流してきなさいと言ってくれる。僕は従って流してきた。
戻ってくると、ノートを渡された。
そこに家族の名前を書きなさい。
僕は、家族の名前を思い出してローマ字で書く。
それから、ココナッツや花、さっき流したものを書きなさい。
夕方、あなたの家族のためにお祈りします。
言われたとおりに書く。
最後に、寄付金の額を書きなさい。
「。。。。。。
 なんで寄付金を払わなければならないの?」
「みんな払っています。
他のページを見て御覧なさい。
ほら、何千ルピーも払っているでしょ。みんなそれくらい払うのです。
私が夕方あなたの家族の幸せのためにお祈りします。」
「なんで金を払わなければならないの?」
「あなたはさっき、ココナッツを流したでしょう。あれはわたしが今朝市場を回って買ってきたんですよ。」
「金がかかるなんて言わなかったじゃないか。
なんで幸せになるために金を払わなきゃならないんだ。
僕が払うのは0ルピーだ!!
ほら、ここに書いたぞ、0ルピーって!!
警察でもなんでも呼んできやがれ!!絶対に1ルピーも払わねぇ!!」
あの僧侶はその後、ぼくの0ルピーに数字をいくつか書き足しただろうか。
きっとそうしただろう。そうしなければ、威力半減だものな。あのノートもケケケ


インド人その6。電車の中の青年
電車のなかで、僕は気分が悪かった。
毎日の下痢で今日もおなかが痛かったのだ。
ふと気づくと、僕のベットにインドの青年が登ってきた。
インドの電車はめちゃめちゃ混んでるのだ。
話したくもなかったので、おなかが痛くて調子悪いんだ、と告げ寝たふりをした。
すると、青年は心配してくれたようで、腹痛にいいマッサージがあると僕のおなかを押してくれた。
確かにそれはいくらか効果があるようだった。
うとうとしてふと気づくと、どうやらマッサージは終わったようだ。
青年が離れていこうとするところだった。
僕はまず腰に隠したセイフティバックの中を調べた。
案の定、僕の全財産はすっかり消えていた。

僕は焦ってなりふりかまわずその青年のポケットをまさぐった。
青年がのけぞった。
その手が、ベットと壁の間に差し込まれるのがちらと目に入る。
僕はそこに飛びついた。

僕の金がくしゃくしゃになって押し込まれていた。

金が戻ってきたことによる安堵と幸福に僕が包まれている一瞬の間に青年は姿を消していた。

冷静になると、怒りがこみ上げて来た。あいつをそのまま帰していいのか?
僕はそいつを探しに行った。
そいつは、車両と車両の連結部分の開いた扉の前にいた。
「おい。てめえ。てめぇはさっき何をしたんだ。てめぇは何したんだよ!!
金を返せ!!500ルピーだ。まだもってんだろ。ぜってぇゆるさねぇぞ。警察に連れて行ってやる。
さっさと金をだしやがれ!!」
今度は僕が金を脅して、そいつを精神的に苦しめてやる番だ。
暴力は僕の性分にあわない。徹底的に精神を痛めつけてやる。

「すべて渡した!!チェックしてくれ!!もう一度数えなおしてくれ!!もう俺は何も持っていない!!」
「嘘をつくな。500ルピーが亡くなった。金を返せ!!さあ!!さあ!!ぜってぇゆるさねぇからな!!」


青年は、その場から逃げた。
電車から飛び降りたのだ。



この町で、僕は毎日喧嘩ばかりしている。
彼らの心に罪悪感というものはあるのだろうか?
僕にはこれっぽっちもあるようには思われない。
そりゃそうだろう。
奴らの教えじゃあ、どんな罪を犯したってガンジス河で沐浴すればすべての罪が洗い流されちまうんだからな!!
すべては焼かれて、流されて、簡単に処理されるんだ!!

インドに行って、人とコミュニケーションを取るのが心底嫌になった。

声をかけてくる人たちが全て、金を巻き上げようという気持ちしか持っていない。

それが僕にとってのインド。

暑くて、汚くて、臭くて、人が多くて、むさ苦しい。

おまけにバックパッカーとして歩いていると底辺の人たちばかり寄ってくる。

インドは人によって好き嫌いが分かれるらしい。

めちゃめちゃハマる人もいれば、2度と行きたくないという人もいる。

僕は後者だった。

インドは苦手だ。

それでも1ヶ月半ほど旅をした。

それは僕にとって本当に修行みたいな旅だった。

もう十分でしょ、インド。


それでも、社会人になってから、僕は仕事で何度か嫌々訪れることになった。

インド人を何人か自分の部下に雇って香港に連れ帰ることもした。

インド人の親友もできた。

エリートサラリーマンとして訪れるインドは、

まるで世界が違うということにも気づいた。

ど底辺の人たちを皆、奴隷として従え、王様気分が味わえる。

それがエリートサラリーマンの立場から眺めるインドだった。

そうか、こっちの立場でインドを見渡せば、ここは最高の場所なんだ。

インド大好きな同僚がいたけど、その理由がわかりもした。



インドは身分の上下関係が根強く残る世界。

圧倒的な格差のある世界。

資本主義の行き着く先。

今でもそのイメージは変わらない。

あんまり進んで行きたい場所ではない。

一番行きたくない国はどこか、と聞かれたら、

僕は、今でもやっぱり、インドと答えるだろう。

インド人に生まれなくてよかった。

夕暮れのバラナシ
バックパッカーの人 
バラナシ 河から


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